2017年度第5回 パレスチナ/イスラエル研究会 報告

■鈴木啓之(日本学術振興会特別研究員PD[日本女子大学])
「長い導火線:蜂起の系譜からインティファーダを問い直す」

鈴木氏は、まず英国委任統治期の政治運動に触れた後、特に報告者が専門とする、1987年のインティファーダとそれ以前の20年間(1967年の占領開始以降)の関係について議論した。報告によれば、1987年のインティファーダにおいて、匿名化(組織ベースでの政治声明の発信)、運動化(意見書ではなく、実践的な行動の呼びかけ)、脱公化(新聞メディアではなく、ファックスによる伝達、印刷所での文書発行)といった新たな現象が生じたとされる。そして、そうした変化は、著名な政治指導者に対する追放といったイスラエルの政策に対する対応として生じたものであると説明された。
さらに、その上で、鈴木氏は、1987年以降の政治運動における展開との差違を念頭に置きつつ、1987年の蜂起では、被占領地外で活動していたPLOと占領下の民衆が「独立国家建設」という目標を共有し、また、諸政治勢力の間での対立関係が解消されたことで、広範で持続的な運動が可能になったと指摘した。このような点は、2000年のアル=アクサー・インティファーダやそれ以降の政治状況が、党派間の調整を欠いた分断の状態にあることと対照的である。これらの指摘から、「インティファーダ」が神話的な意味合いを帯びた用語、スローガンとして用いられ、再三にわたりその再開が宣言される現状がある一方で、1987年の蜂起のような運動が再発生は現時点では想定しづらいと指摘し、「アラブの春」を経た、新たな形での民衆運動の可能性を示唆した。
立山良司氏のコメントや討論においては、インティファーダとメディアの関係(世界への発信や運動における情報伝達など)が広く議論されたほか、現代的展開との関係では、パレスチナ人の民衆蜂起における異議申し立て対象やその内容的な変化といった論点で討論が行われた。鈴木氏の報告は、民衆蜂起における活動手法から、運動の目標やそれらを取り巻く政治環境に至るまで様々な論点を提示するものであったため、会場の参加者からも各々の関心に引きつけた様々な質問が出され、有意義な議論が行われた。

文責:山本健介(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科・博士後期課程)

■南部真喜子(東京外国語大学大学院総合国際学研究科・博士後期課程)
「現地調査報告:現象としてのインティファーダを再考する」

南部氏の報告は、現在のパレスチナでインティファーダがどのように記録され、捉えられているのかについて、現地での調査を踏まえて報告するものであった。報告では調査テーマに沿い、主に囚人の表象に関する問題を扱った。すなわち、囚人が現代のパレスチナ社会でどう認識されているか、という点である。
パレスチナ社会においては投獄そのものが一種の通過儀礼となっている中で、囚人が英雄として神格化される傾向にある。そのため、第一次インティファーダ期に投獄された経験を持つパレスチナ人の中には、出所後もつきまとう「英雄の理想化」に悩む人もいるという。また、第一次インティファーダの記憶を若い世代に継承しようという文化活動も行われている。しかしながら、囚人の連帯デモに集まりにくいなど若者の関心は薄まっている一方で、未成年者の逮捕数自体は増加しているという。パレスチナ自治政府とイスラエル当局との治安協力に対する反対の声も大きくなっており、世代を越えた社会の一体性の欠如が大きな問題となっている。そのような中での「英雄像」の役割が投獄経験者および社会にとってもどのような役割を果たして行くのか、が今後の研究課題として示された。
参加者からは逮捕および投獄など用語の使い方についての質問や、調査対象はどの地域に居住する人か、すなわち、東エルサレムかヨルダン川西岸地区かという確認が行われた。また、未成年が逮捕された場合についての処遇やその後の社会での位置づけについての質問も聞かれた。

文責:臼杵悠(一橋大学大学院・博士後期課程)