公開講演会: 9・11から15年 中東の混迷と「イスラム国」 報告

■ 保坂修司(日本エネルギー経済研究所・研究理事)「アルカーイダと『イスラム国』」

本報告は、アルカーイダや「イスラム国」を1979年以降のイスラム急進派の潮流の中に位置づけた上で、9・11(およびイラク戦争)後にアルカーイダの掲げた対米重視のグローバル・ジハードから、「イスラム国」の反米を掲げつつタクフィール主義の性格の色濃いグローカル・ジハードへと、急進派の性格が変遷したことを指摘した。また、アルカーイダと「イスラム国」の暴力の正当化・動員のロジックを比較した。最後に、最近のアルカーイダや「イスラム国」の動向に触れつつ、日本も無関係ではないことを警告した。

■ 山根聡(大阪大学大学院言語文化研究科・教授)「宗教とテロとの峻別―パキスタンの選択」

本報告は、パキスタンにおける9・11の前後15年間(1986~2016)を振り返りつつ、パキスタンにおいてイスラム急進派が、政府や軍、西欧諸国と利益が一致する中で勢力を拡大してきたこと、1986年に成立した「イスラム冒涜法」を契機としてパキスタンではイスラムを掲げる急進派を批判しづらい社会が形成されていたことを明らかにした。その上で、2014年のペルシャワール軍区における学校襲撃事件を契機として、宗教とテロを峻別する動きが活発化し、宗教を掲げるテロ組織を撲滅するようになったことを指摘した。

文責:上野祥(東京大学大学院・博士課程)

■ 酒井啓子(千葉大学法政経学部・学部長)「すべてのパンドラの箱を開けた9.11」

9.11以後の世界で顕著な「9.11により、中東で蔓延していたテロが米国へと波及した」という認識が誤りであり、実は、中東でテロや紛争が増加したのは、イラク戦争とシリア内戦後にすぎず、その原因はイラク戦争後の国家破綻であるということが統計をもとに明快に提示された。その本質が政治抗争にあり、解決可能な問題であることを、我々は宗教の陰に隠れて見落としていることが強調された。一方で、9.11以後の世界で最も変化したことは、「われわれ」と「敵」という二項対立が常態化したことだ。つまり、敵を認定して恐怖心を煽ることで、人びとを動員することが有効である。こうした二分法は中東でも「宗派対立」として導入されたが、その実態は、新体制で不利益を被る者と、新体制でメリットを見出す者との戦いであることが示された。外国軍によって、自分たちの政権が崩壊させられ、新政権が設立された際に、自分たちが負けたという共通認識がない状態で、戦後のイラクが始まった。両者の間で共同体を担う者としての正統性を取り合う戦いが9.11後に導入されたことは、テロとの戦いが生み出した最悪の遺産である。

■ 黒木英充(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所・教授)「対テロ戦争と世界内戦―最終的(?)引金としてのシリア内戦」

9.11に関する詳細な事実関係は今なお不明な点が多い中で、9.11が対テロ戦争によってグローバル化し、15年間にわたり我々の思考を方向づけているということが提起された。フランス革命期のギロチンによる大量虐殺が起源とされる「テロ」という言葉が、1983年ベイルート米海兵隊兵舎自爆攻撃において最初に注目され、劇場化した殺人、政治的意図を持った殺人を意味するようになり、イスラーム教徒が行うものという方向付けがなされていった。シリア内戦に代表される世界内戦とは、主権国家間による戦争とは異なり、国家が非国家主体を攻撃するために、通常の国境で区切られず、徐々に拡大する領域で遂行されるため、どこにでも起こりうる。イラク戦争の際には、アメリカは大量破壊兵器があると主張して戦争を始めたが、結局存在しなかった。にもかかわらず、あれだけの殺戮が行われて国が破壊された。それを見て義憤にかられた人たちが「イスラーム国」のような他者の排除、抹殺の論理に引きずられていく土壌を作ってきた。つまり、ムスリムが民主主義社会の中で、自由と豊かさを享受したいと願っても、将来の機会を奪ってしまう形の貧困が深刻化していることが強調された。

◆コメント 出川展恒(NHK解説委員)

9.11以後、2002年から2006年までカイロ特派員であった出川氏は、イラク戦争の取材を行った経験から、イラク戦争がなければISは存在しなかっただろうと指摘した。現在、ISはメンバーを動員するにあたって、人々が居住する土地で反撃をかけるよう戦略転換をしたが、そうした過激派を生む背景には、若者の失業や雇用問題が深刻化し、大学を出ても就職できないという貧困がある。政治的混乱を治めなければ政治的解決には至らず、ISを壊滅しても、新たな組織が誕生するかもしれない。日本は教育においても、初等教育や高等教育の段階で、イスラームとは何か、基本的なことを学ぶべきであると提示した。

◆ディスカッション・質疑応答

ディスカッションでは、9.11以後、日本が直面している事態について議論された。保坂氏は、「安倍政権になって以来、大学における人文系は不要であるという風潮が高まっている。文化や歴史、言語など重層的な側面から地域を理解し、地域研究の成果を政治や経済に還元すべきである。」と述べた。山根氏も「理系を文明とするなら、文系は想像力。文明化した社会にあって『人を殺めてはいけない』と声を上げるのが文系の役割であり、人間社会にとって重要。」と指摘した。
また、質疑応答において、「イスラーム国」やシリア内戦、日本が果たすべき役割に関する質問が多数挙がった。酒井氏は、「9.11以後の世界で欠如しているのは、外交による解決策。軍事が優先され、外交が後回しにされている。」と指摘した。また、黒木氏はシリア内戦がどう終わるのかについて、「今は停戦を積み重ねていくしかない。日本にできることは、内戦終結後にたくさんある。中東の人たちは仲介者を必要としている。両者の間に立ち、話を聞き、和解に導く余地が日本にはある。」と述べた。

文責:児玉恵美(日本女子大学大学院・博士前期課程)