2021年度第3回 パレスチナ/イスラエル研究会 報告

◾️倉野靖之(中央大学大学院・修士課程)「ハーッジ・アミーンのパレスチナ観」

倉野靖之氏(中央大学)の報告は、先行研究の議論をふまえつつ、ハーッジ・アミーン自身の考えが示されていると考えられる『Ḥaqā’iq ‘an Qaḍīyah Filasṭīn』をはじめとする2つの史料をてがかりに、ハーッジ・アミーンのパレスチナ観について議論していくものであった。まず、パレスチナの統治について、アブドゥッラーとの対立についてのハーッジ・アミーンの主張や、ファイサルやシリアに対する考え方から、ハーッジ・アミーンが、宗教的・血統的に高貴な出自といった必要な素養はあるものの、必ずしもパレスチナ人によって統治されなければならないものではないと考えていたという指摘があった。次に、ハーッジ・アミーンがパレスチナをユダヤ人にとってのアラブ・イスラーム世界への入り口ととらえていたことを示し、植民地主義に対抗するためにアラブ世界の精神的な統合を目指す一貫した計画を持っていたことが説明された。計画の具体的内容では、ブラーク運動やヒラーファト運動指導者のハラム・アッシャリーフ埋葬、1931年の世界イスラーム会議の例が挙げられた。そこには、ユダヤ人との物理的な対立ではなく、徐々にパレスチナ、エルサレムの価値を高め、多方面からエルサレムの重要性を強化することでユダヤ人に対抗しようとする意図があったものの、計画は順調には進まず、結果的に失敗したことが示された。まとめとして、従来の先行研究では「パレスチナ・ナショナリズムの指導者」や「パン・イスラームの指導者」とされることが多いが、とくに前者のカテゴライズについては、ハーッジ・アミーンが非パレスチナ人のパレスチナ統治に関する論理を展開している以上、純粋なパレスチナ・ナショナリズムの指導者としてとらえるべきかについてはさらなる検討が必要であるという指摘がなされた。

 報告後の質疑応答では、当時ハーッジ・アミーン自身が「パレスチナ」という言葉でだれを指していたのか、「パレスチナ」の範囲はどこを指しているのかという質問や、民族的アイデンティティについては慎重になる必要があるという指摘があった。また、ハーッジ・アミーン個人の思想を見ることは難しいため、人脈的なところからも見ていくと面白いのではないかという意見や、原文の訳出に関連し、ハーッジ・アミーンはユダヤ人全体というより、シオニストに対する防衛意識があったのではないかという指摘がなされるなど、終始活発な議論が交わされた。

文責:飛田麻也香(広島大学大学院国際協力研究科・博士課程後期)