2021年度第3回 パレスチナ/イスラエル研究会 連続セミナー①「中東におけるユダヤ共同体」報告

◾️アヴィアド・モレーノ(ベン・グリオン大学・講師)「拡大するモロッコのユダヤ人移民」

アヴィアド・モレーノ氏の報告は、これまで一般的にイスラエル建国に伴うアラブ世界
での社会的動揺から発生したと考えられがちであったモロッコからのユダヤ人移民の流出
が、19世紀から20世紀にかけてスペイン語圏での移民ネットワークによって各地に広がっ
ていたことを指摘するものであった。特にモロッコのなかでもタンジェやテトゥワンを中
心とした北部地域はスペイン語圏であったことが述べられ、この地域のユダヤ人による移
民は、イスラエルを到着地としたものに限定されることなく、ブラジルやベネズエラを中
心とした南米地域にも広く拡大していた様子が紹介された。分析のなかでは、ハケティヤ
(モロッコ北部地域のユダヤ・スペイン語)が果たした役割についても言及がなされた。
具体的には、ベネズエラのカラカスで発行された印刷物にヘブライ文字が確認されること
、さらに「ハケティヤの夕べ」がイスラエルのバル=イラン大学や米国マンハッタンで開
催されていることから、言語が移民らのアイデンティティの拠り所になっていることが指
摘された。
質疑応答では、ユダヤ史、スペイン史、さらには移民研究を架橋する報告内容に多くの
関心が寄せられた。モレーノ氏からは、スペイン植民地宗主国との関係においてユダヤ人
移民が利用された側面があることが否定しがたいこと、モロッコ系移民がイスラエルで就
いた職業に関しては技師や公務員が比較的多かったこと、ベネズエラのユダヤ人コミュニ
ティに特定の政治的傾向(支持政党など)を認めることが難しいこと、インディアノ(ア
メリカに渡ったスペイン系移民)が帰還することでバルセロナが発展したように、テトゥ
ワンにおいてもスペイン系移民の帰還があったこと、ベネズエラ国内においては西欧系ユ
ダヤ人(アシュケナズィー系)とモロッコ出身ユダヤ人の間に特段の緊張関係を見出すこ
とが難しいことなどが述べられた。

文責:鈴木啓之(東京大学中東地域研究センター・特任准教授)