中東イスラーム研究拠点国際ワークショップ 報告

 本ワークショップは、AA研中東イスラーム研究拠点(人間文化研究機構現代中東地域研究事業)により開催された。まず、Zhanar Jampeissova氏(L.N.グミリョフ名称ユーラシア国立大学(カザフスタン))が、「カザフ社会における紛争解決のための法的手段しての宣誓と植民地時代におけるその変化(19世紀後半~20世紀初頭)」と題する研究報告をロシア語で行った(逐次通訳を野田仁が行った)。
報告は、まず19世紀前半のカザフ草原におけるビイと呼ばれる判事による裁判の仕組みに焦点があてられた。報告者によれば、カザフの慣習法において、被疑者の無実の証しを立てる、あるいは犯罪の証人となる際に行われる宣誓が大きな意味を持ち、部族集団間の利害関係を調整し、紛争を解決する一手段となっていた。その後19世紀後半において、判事の選挙制が導入されると、出身部族の利害を優先するようになるなど腐敗が見られた。ただし、司法改革後も法廷における宣誓は公平性を保つ上でなお有効であった。
 イスラーム法とのかかわりについては、クルアーンの存在や儀礼的な側面で一定の関係が見られるものの、史料上の情報は限られているとのことであった。
最後に、訴訟についてトルクメン人とカザフ人が隣接するザカスピ州の事例から、両者の司法制度に対する認識の違いを明らかにする興味深いアプローチに言及があった。
 休憩をはさんで、コメンテーターとして長沼秀幸氏(東京大学大学院人文社会系研究科博士課程)が、関連する問いとして、19世紀前半におけるビイの法廷の在り方と、同後半の司法制度改革以降の法廷の在り方との比較を提示し、それぞれの時代のビイの公正について質問を行い、その回答からそのまま質疑応答の時間となった。カザフ草原におけるロシアの植民地行政が分割されていたことに鑑み、その行政の担い手(総督府)の管轄の違いに起因する制度の差異に質問が寄せられ、報告者からは、行政の違いも含め、カザフとトルクメンの違いの分析を軸に今後の研究を進めたいという計画が示された。
 必ずしもイスラーム的な法秩序が多勢となっていたわけではない中央ユーラシアの遊牧民について、ロシア帝国の統治の展開の過程で、司法制度の改革に合わせて、ときにシャリーア法廷のあり方も参照しつつ、裁判のしくみが変容するその推移を、本ワークショップを通じて詳細に知ることができたといえる。

文責:野田仁(AA研)