2016年度第3回 パレスチナ/イスラエル研究会 報告
■児玉恵美(日本女子大学大学院文学研究科史学専攻・博士課程前期)「レバノンのパレスチナ解放運動(1969年-1982年):難民キャンプにおける動員と参加から」
児玉氏の報告は、1969 年~1982 年のレバノンにおけるパレスチナ解放運動を、運動のアクターである指導部、参加者としてのパレスチナ 難民に着目し、「動員と参加」の動態的視点から考察する興味深いものであった。
まず、既存のパレスチナ解放運動研究を解放運動史とオーラルヒストリーに分類し、解放運動史では指導部による「難民の動員」に焦点を当てた研究がないこと、オーラルヒストリー研究では祖国を追放され難民となった農民の苦難 、武装闘争を通じて自らのアイデンティティの回復への研究はあるものの、1970 年代以降の動員状況と人々の解放運動への視点については再検討の余地があることが提起された。
分析では、1)解放運動指導者が難民キャンプをどのように考え、動員をしてきたのかをPLO(パレスチナ解放機構)、DFLP(パレスチナ解放民主戦線)、PFLP(パレスチナ解放人民戦線)、PNC(パレスチナ民族評議会)の政治文書分析から、2)難民キャンプの離散パレスチナ人が解放運動をどのよう見ていたのかを難民キャンプ内で教師であったハッシャーン 、詩人のマンスーラ、難民のトゥルキーの記述から考察している。
指導部の政治文書分析から、 動員が難民に向けたものであったにも拘わらず動員ツールとしてマルクス主義的言説が使用され、 ヨルダン川西岸地区の主権と領有権を主張するヨルダン・ハーシム王国への闘争の原動力としてパレスチナ難民動員が行われた側面があること、他方、難民キャンプの人々の記述考察からは、パレスチナ難民が解放運動を通してパレスチナ人のアイデンティティを獲得していくのと同時に、全ての難民が運動に身を投じたのではなく、ハッシャーンのように解放運動の教育蔑視に反発し、運動を批判的に捉えて参加しない人々がいたことも明らかになった。
質疑応答では、パレスチナ解放運動に参加した人々とイデオロギーの繋がり、オーラルヒストリーの位置づけ、人々の語りをどのように歴史的文脈化と結びつけられるかなど、非常に充実した議論が交わされた。
文責:戸澤典子(東京大学大学院・修士課程)
■保井啓志(東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻・修士課程)
「ピンクウォッシング: ナショナリズムとセクシュアリティ」
保井氏の報告は、ホモノーマティビティやホモナショナリズムの言説を基に、ピンクウォッシングを検討したものであった。ピンクウォッシングとは、対LGBT政策を通したイスラエル政府の対外イメージ操作を批判的に捉える用語である。これによってイスラエルは、パレスチナ人抑圧者から性的少数者に寛容な政府へと自らの印象を操作する。報告の前半では、フェミニズムおよびクィア理論に関する理論的背景を述べる中で、ホモノーマティビティとホモナショナリズムの説明がなされた。後半では、イスラエル国内における性的少数者をめぐる運動やそれに関する政府の宣伝など、具体例からの検討が行われた。以上のような状況をふまえ、報告の最後では「リベラル」という言葉の持つ効果が、国内外ではねじれていることが指摘された。すなわち、「リベラル」は、イスラエル国内ではユダヤ教からの世俗を意味する一方で、国際的な宣伝を行う際には、イスラムからの世俗を想起させるものに変わるという。質疑では、報告の主旨をより明確化する必要が指摘された。それに加え、報告者がイスラムをいかに定義するのか、イスラエルのイメージ戦略をどのように評価するのかなど多くの質問が上がり、非常に活発な議論が交わされた。
文責:臼杵悠(一橋大学大学院・博士後期課程)