2018年度第1回 政治変動研究会(6/30) 報告

■ 山尾大氏(九州大学准教授)
「新しい政治は本当に始められるのか―第4回イラク議会選挙の分析から考える―」

 2018年5月12日に実施された、第4回イラク議会選挙結果にかかわる分析と考察が示された。票の数え直しのため、選挙結果は確定ではないものの、サドル派の勝利(第一党)とファタハ同盟(イランが支援するシーア派民兵「人民動員隊」を母体とする)の躍進(第二党)、現職首相のアバーディー率いる勝利同盟の後退(第三党)などが、その特徴と報道された。しかし、選挙結果第一党の獲得議席は第1回の128、第2回の91、第3回の92に比べ、54と激減しており、投票率も低下が著しいため、今回の選挙結果には従前とは異なる分析や評価が必要となる。
 選挙の争点は、①IS掃討の手柄をだれがとるのか、②IS台頭やイラン介入による宗派主義拡大にどう対応するのか、③汚職問題を糾弾する社会運動の拡大であった。①の手柄は、勝利同盟(軍)が旧IS支配地域の北部で勝利し、ファタハ同盟(シーア派民兵)がその他の旧IS支配地域と南部で勝利した。②によって促進された宗派対立に対しては、今回の選挙自体がその解消に作用することはなかったが、シーア派系の政党がスンナ派やクルド人の候補者を擁立するなど、宗派主義の克服に向けた試みがみられた。一方、サドル派勝利の要因は③に求められ、サドル派が全国的に票を伸ばす一方、エスタブリッシュメントの象徴である法治国家同盟が凋落し、勝利同盟に加わったダアワ党幹部にも落選が続いた。
 今回の選挙では、宗派対立よりもむしろ汚職などに起因する政治不信が最大の争点であった。反不正を柱とする政治改革が、今後の連立交渉や新政権のキータームとなろう。

■ 吉岡明子氏(日本エネルギー経済研究所・中東研究センター研究員)
「深まるクルドの分裂―2018年イラク総選挙から見るイラク・クルディスタン情勢―」

 クルディスタン自治区の現状と自治区での今次イラク議会選挙結果にかかわる考察と評価が報告された。2010年代以降、中央政府の弱体化によりクルディスタン自治区は権利の拡大を続けたが、2014年以降は油価下落による経済危機などでその勢いは減退した。KDPは2017年にクルド独立を問う住民投票を強行したが、投票結果(賛成93%)とは裏腹に、国内外からの反発とキルクーク喪失という閉塞状況に陥り、現在まで状況に変化はない。
 そうしたなか実施された議会選挙のクルディスタン自治区内の結果は、与党であるKDPとPUKが議席を維持し、野党や新党が伸び悩むというものであった。経済危機や汚職に対する市民の不満は拡大しており、今年3月には全国規模での抗議行動が生じた。また、独立には表立って反対できないものの、住民投票後の閉塞状況にも不安が大きい。野党や新党はこの不満や不安の受け皿となるべく、与党批判を展開したが、票や議席には結びつかなかった。
 その最大の理由は、KDPの支配体制にある。KDPは現在、事実上の一強体制にあり、PUKは党内分裂などによりそのジュニアパートナーに後退している。自治区住民の中央政府に対する不信感を背景に、KDPは独立のための住民投票を主導した。また、自治政府内の権力のみならず、自治区内に張り巡らされたバルザーニ家を中心とするパトロン・ネットワークが利権を握って、汚職などの温床にもなっている。それらに対する不満が大きくても、選挙となれば、公式にも非公式にも権力を握るKDP依存に傾いてしまう。今年9月30日には、クルディスタン自治区の議会選挙が予定されている。野党連携は一つの選択肢だが、KDPとPUKを除外した自治区はあり得ず、種々の不満にどう対処していくのかが注目される。

文責:松本弘(大東文化大学教授)