2018年度第2回 政治変動研究会(7/7) 報告

■ 小林周氏(日本エネルギー経済研究所・中東研究センター研究員)
「リビア内戦から7年―断片化する国家機構と「戦争経済」の拡大―」
コメンテーター:遠藤貢氏(東京大学教授)

本報告は、2011年の内戦以降にリビアの国家機構が断片化する中で、暴力に依拠した「戦争経済」が拡大している状況を分析したものである。2012年の選挙により成立した国民議会は2年の任期が終了しても解散せず、2014年に成立した代表会議は東部のトブルクに拠点を移して活動した。また、ハフタル司令官が率いる軍事組織「リビア国民軍」もこれに合流した。2016年に両議会の統一政府として国民合意政府がトリポリで発足したが、統治能力は脆弱であり、リビア全土の統治は実現しなかった。2018年5月のパリ会談(政府、両議会、リビア国民軍による和平交渉)で、今年中の憲法制定と大統領選挙と議会選挙の実施に合意したが、これらの実現は疑問視されている。
長期化するリビアの混乱の最大の要因は、中央政府が「暴力の独占」に失敗したことにある。これにより、民兵組織がリビアの各地方や国家機能を支配しているが、トリポリでは2017年頃から「民兵カルテル」と呼ぶべき特定の民兵組織の排他的拡大が進み、かつこれらの民兵組織がリビアの「戦争経済」、つまり暴力に直接的・間接的に依拠した経済活動を牛耳るようになった。一部の民兵組織は、政府から「治安維持」の給与を支給されてきたが、今やそれとは比較にならない利益を、暴力による利権から得ている。為替の公式レートと闇レートの差額を利用した利益や、銀行からクレジットカードや貿易にかかわる信用状を得ての外貨の獲得などである。民兵組織は、ガソリンなどの公式価格と闇価格の差額を利用した密輸、さらに武器やドラッグの密輸、不法移民・人身売買の斡旋でも大きな利益を得ている。
「戦争経済」にかかわる利益によって、特定の民兵組織が排他的に強化されており、彼らが経済界や政治にも影響力を拡大することで、リビアの「断片化」が定着している。これらの民兵組織と交渉しなければ和平合意が進まない状況だが、中央政府の不機能を前提とした利権構造は、国家建設や国軍強化に対する負のインセンティブを生んでいる。
コメンテーターからは、国家の経済機構に民兵組織が連動している状況や民兵組織のアイデンティティ、外国からの支援などに関するコメントや質問があり、これらを含めて会場で活発な議論が交わされた。

■ 松本弘氏(大東文化大学教授)
「イエメン内戦の本質―内部崩壊か、地域紛争か―」
コメンテーター:遠藤貢氏(東京大学教授)

2015年、首都サナアから南下するホーシー派とアデンに拠るハーディー政権との戦闘に、サウジアラビア主導のアラブ連合軍が介入したことから始まったイエメン内戦は、現在サウジアラビアやUAEの支援を受ける南部諸勢力のホデイダ攻撃という、新たな展開を見せている。
しかし、内戦の主体であるホーシー派やハーディー政権、南部諸勢力などは、どれもイエメン全体を統治する能力を有しておらず、内戦の終息やその後の国家再建にかかわる見通しはまったく立っていない。
問題の要因や解決を考えるのであれば、その問題自体への評価が重要な手掛かりとなるのだが、イエメン内戦の場合は、その評価からして極めて困難な状況にある。まず、内戦はイエメンの宗派対立という評価がある。サウジアラビアとイランの代理戦争という側面は確かに存在するので、これを否定することはできないものの、ホーシー派をザイド派(シーア派)の勢力としてのみ見ることは実態にそぐわない。また、2011年「アラブの春」後に成立した政権がエジプトやチュニジアで崩壊したように、イエメンのハーディー政権もその無能さゆえに排除されたと見ることも可能である。加えて、イエメン最大の政治アクターであった部族勢力が、1996年の構造調整受け入れ後に大きな社会変容を経験し、その政治的影響力を後退させていたことも、今次内戦の重要な背景として見逃せない。一方、ホーシー派や南部諸勢力については、政治経済上の不満を何らかの所属意識や所属集団のものとして表明するアイデンティティ・ポリティックスのイエメン版と考えることもできる。さらに、2011年のサーレハ前大統領辞任から現在までの経緯を、サウジ・イエメン関係の歪みという視点から説明することも可能であり、イエメン内戦の本質は、これら複数の評価が重なるところに存在しているのだろう。
コメンテーターからは、サウジアラビアの関与や民主化による地方分権やパワー・シェアリング、状況依存的・流動的なアイデンティティなどに関するコメントや質問があり、これらを含めて会場にて活発な議論がなされた。

文責:松本弘(大東文化大学教授)