2019年度第2回 パレスチナ/イスラエル研究会 報告

■戸沢典子(東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻・博士課程)
「ヨルダン川西岸地区のアメリカ系ユダヤ人入植者:2000年以降の移民定住を事例として」

戸澤氏は、まずヨルダン川西岸地区における入植の中で、ロシア系やウクライナ系などと比較してアメリカ系入植者の定住率の高さを示した。そして、このアメリカ系入植者の入植に関する既存の研究における移住という側面だけでなく定住・定着率に対する先行研究の不在という問題点を指摘した。戸澤氏は、この問題意識のもと、アメリカ系入植者の定住に関する諸要因をインタビュー等の質的研究を用いて明らかにした。それによって、最終的に、入植者らが、入植者であると同時に移民であるという側面を強調しつつ、既存の研究が入植者らの宗教的動機ばかりに注目をしてきたという検討を加えた。戸澤氏によると、アメリカ系入植者らは、ほかの地域からの入植者らと同様、言語による障壁や環境変化による困難を抱えやすいものの、英語の流通や、アメリカ系入植者らで構成される「バブル」のコミュニティ内の経済圏、IT技術の発展が定住を可能にしているという点で特異であり、入植者の強い動機だけでなく、こういった要因が入植、とりわけ定住を可能にしている。
会場の参加者らからは、「定住」や「入植者」、「入植地」といった鍵概念に対する質問から、移民研究として位置付ける際の意義や、入植者らの思想的背景・価値観に対し、議論の根幹にかかわる質問がなされ、それにより、「入植」という問題の多様な側面が浮き彫りになった。また、報告者と参加者だけでなく、参加者間の見解のやり取りがみられ、非常に白熱した議論となっただけでなく、この分野における今後さらなる研究の必要性と発展を期待させるものであった。

文責:保井啓志(東京大学大学院総合文化研究科・博士課程)

■ハーニー・アブドゥルハーディ(慶應義塾大学大学院・博士後期課程)
「イスラーム法からみるパレスチナ問題:二国家案・一国家案との比較検討と現実性に関する考察」

ハーニー氏は、パレスチナ問題が政治的な問題であると留意した上で、いわゆる二国家/一国家解決案が国際法をベースとした国民国家を想定する一方、多くの民族紛争がその限界性を提起していること、「パレスチナ自治区住民の89%がシャリーアをその土地の公式の法とすることに賛成」と回答したとする世論調査を例示するなどし、国際社会と当事者とが思い描く解決が乖離している可能性に着目。宗教的視座の必要性を指摘し、イスラーム学における一テーマとして、「イスラーム法の観点から考えるパレスチナ問題の解決とは」との問いを立てた。その中で一連の紛争を、イスラーム法が適用される領域としての歴史的パレスチナに対する不当な侵略行為をきっかけとしたジハードの展開とし、その解決案を、ジハードの終結という観点から検証した。
ハーニー氏によると、イスラーム的なパレスチナ問題の解決は、ジハードとイスラーム的国家(カリフ制を想定)樹立の2点によって構成されるという。カリフ制が理念上は並立しないことから、EUに似た共栄圏が考えられるが、連合制であるEUに対し、カリフ制では主権はシャリーアにあるため、世襲君主の撤廃や西洋的な人定法の見直しなどが必要になり、現実的には困難である。こうした点などから、イスラーム的解決は既存の解決案とは大きく異なり、短期的に見て成功の可能性は低いとした。
一方で、クルアーンには「カリフ制」に関する明文規定は存在せず、現代の国際法規範との整合を図ることが理論的に不可能ではない▽イスラーム法学の通説と、個々人の意図する「イスラーム的解決」の間には乖離がありうる▽「イスラーム的」解釈の流動性が担保されている、ことなどから、長期的にはイスラーム的/世俗的解決の二者択一ではない可能性を挙げ、西洋側もまた「イスラーム的解決」に対して目を向けることが必要と指摘。イスラエル側の理想的解決についても同様の見方で捉え直すことによって、折衷について考え、ひとつのオルタナティブの構築が可能になるのではないか、と結んだ。
会場からは、「シャリーアの認識について個人間で大きな差があるのではないか」「カリフ制国家が通説という認識はなかった、興味深い、」などの意見や、「ユダヤ人とシオニストは明確に区別すべきで、ユダヤ人共同体がすべてイスラーム共同体に敵対するものと捉えられてしまうのか」といった質問が発せられ、活発な議論がなされた。

文責:荒ちひろ(朝日新聞東京社会部・記者)